おばあちゃん、携帯を持っていますよ~カッコいいでしょ~ 

うちのおばあちゃん、耳が聞こえないので電話が使えません。

だからメールが連絡手段になっています。(でもね、悪口だけは聞こえるのよ…

耳が聞こえなくても、ニャンコとの意思の疎通はバッチリです

しょせん言葉はことばでしかないもんね。心と心を通わすのに、言葉はいらないってことなのかもしれません。




ところで…ゴンちゃんの座を狙うヤツ…

前記事の写真の中に写り込んでますよ~

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右端の方に、何かいるでしょ~

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「ちょっと、ちょっと~みんなハータンだと思ってるみたいだけど、その子はハータンじゃないんだからね~(これちょっと前の写真です~)


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「アタシよ、、アタシ~ ゴンちゃんの座を狙ってんのよ、アタシ~

 その名も「さきちゃん」、通称さっちゃんです。

 この写真、ちょっと刺激が強いですね~本当はもっと可愛いんだけどね

 このさっちゃん、なかなかやり手でね~

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「おばあちゃ~ん、このオテテで、ナデナデしてくださ~い

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「おばあちゃん、さっちゃんがナメナメしてあげます~


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「うれし~い、ナデナデうれし~ぃです~


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「おばあちゃん、だ~い好きもっとナデナデしてくださ~い

ゴンちゃん完全に劣勢…おばあちゃんのお膝にしがみついてましたよ。

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「おばあちゃ~ん…

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「ここはゴンちゃんのお席だよね、おばあちゃん…


おばあちゃんにゴッツンコしてもらって、嬉しそうなゴンちゃん…

大丈夫よ、ゴンちゃん。

おばあちゃんはゴンちゃんのことが大好きだって言ってたよ。


実はさっちゃんは生後2日目くらいでスーパーの駐車場に今日4匹で捨てられていました。

今から11年前の4月のことでした。 ま、その時のことはまたいずれ…

続きを読む…に書いてみました…

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 今から70年前のちょうど今日(10日)、死者行方不明者がおよそ10万人に及んだ「東京大空襲」がありました。

 東京下町に照準を当て、焼夷弾が雨のように降ったといわれます。
多くの人は逃げまどい、火だるまに、ある人は防空壕の中で蒸し焼きになって亡くなられ、
そこから逃れた人々は水を求  め隅田川、荒川に殺到し溺死、圧死、凍死したといわれます。
 ここが狙われた理由は、中小の軍需工場があったことと、関東大震災での被害が集中していたため、
火災が起きれば、大きなダメージが与えられると米軍は判断したといわれます。


 当時高田馬場に住んでいた母は、この火の手を自宅の屋根から眺めていたと聞きました。
(のちに母に自宅も空襲で焼かれました)
 母は「すごいね~なんて眺めてる自分たちは、空襲や死に対する感覚が麻痺していたのだろう」と話していました。

 そして、当時勤労動員されていた工場に向かう途中、丸焦げに焼かれた死体の山を見たといいます。

 戦争の末期、米軍は民間人をも狙う「無差別攻撃」を繰り返しました。
空襲で亡くなられた方たちに、どれほどの罪があったのだろうと胸が締め付けられます。
 熱かっただろう、苦しかっただろう、子供を親を亡くした人たちの心はどれほど傷つけられたことだろうか。

 この様子は母の話とともに、東京大空襲を経験され、今なお執筆活動をされている早乙女勝元さんの講演で聞きました。
(この方の『東京大空襲』『パパママ バイバイ』は有名な著書です)

 こういった経験者の言葉は、重く心に響いてきます。
 

 この東京大空襲では多くの小学生が被害に遭っています。は「学童疎開」といって、空襲を避けて地方に避難させられていました。
(子供たちは、のちに重要な兵士となります。そして、都市部での攻撃が激化しつつある中で足手まといだったとの説も)
 その小学生たちが、親元に戻って卒業式を行うために帰ってきていたため、多くの子供たちの命が奪われました。

 わが父はもう30年以上前に亡くなりましたが、
学童疎開を経験し、当時の思いを何度か聞いたことがあります。
 「親元を離れることがどれほど心細かったか、もう一度会えるだろうかと不安で押しつぶされそうだった」
と話していました。でも、泣いてはいけない、お国のための闘いなのだから!と教えられたそうです。

 そして父の妹になる叔母も学童疎開の経験者でした。

 私は小さいころから、こんな話をよく聞かされて育ちました。


 軍国少年だった父は「戦争がもう少し続いたら、飛行機乗りになりたかった」とよくつぶやいていました。

 教育の力は恐ろしいものです。純粋な子供たちは簡単にコントロールされていったことを感じます。

 

父も叔母も、もうこの世の人ではありません。

東京大空襲のみならず、沖縄、広島、長崎…
様々な所で戦争体験を次世代に語り継ごうとしてくださる方がいます。
ご高齢になられた経験者の方々のこの思いは貴重なものだと思います。


 つらい思いをお話ししてくださる…語るたびにあの悲しみ、苦しみ、悔しさ、怖ろしさを思い出されているのでしょう。
それでも語ることをやめずに、語る思いを私たちはしっかりと受け止めていかなくてはならないのだと思います。
私は父や叔母から聞かされたことを、語り継ぐ責務を負っているのかもしれません。

 戦争は加害者も被害者もみんな悲しい。被害者は加害者ともなりえたし、被害者も加害者になりえるのが戦争です。

  けれど戦争指導者は、いつも生き残るのですよ。



 だから戦争はしてはいけないのだと思っています。

 東京大空襲で亡くなられた方々の思いも、きっと同じだと思います。

 ご冥福を祈りするとともに、お約束します。

 私たちはあの時代から、大切なことを学ばせていただきました。
 だから、決して二度と戦争を引き起こすような国にはいたしません。


 追記…戦争で亡くなられた兵隊さんは靖国神社に祀られています。
   けれど、こうして亡くなられた民間人の方は…名もなき犠牲者なのです。
   
   靖国神社の位置づけについても、またいずれ試験を書いてみようと思っています。

 

 
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