今年の夏至は6月21日。
太陽が一番働いてる日~なんだけど、こんなドンヨリ天気じゃ、
いつお日さまがが出たのか入ったのかもわからないけどね

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「ドンヨリお天気は、つまんないよ~

ハータンちょっとご機嫌ナナメってます…
超ハードな~3連ちゃんの飲み会で、孤軍奮闘で頑張ったお留守番隊長さんだもんね~

初日はいつものおばんさん、しーなさんとのお気楽飲み会

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私たちには珍しく「和」ではなく「洋」の世界~おしゃれな飲み物もいただいちゃって~
楽し時間を過ごしてました。



2日目ははじめましての方と思いがけずにばったり~で、冷静さを失っちゃうもんでね…
失礼なことばっかやってたんだろうな…なんてもう、恥ずかしいったらないわ。(これはいずれ改めてお話ね~)
初対面の方が苦手な私は、緊張もピークで、アタフタアタフタ~

そして最終日は日本酒大会で、6時間…職場の若手を引き連れて、若いエキスを奪い取ってきましたよ~


その間ハータンはブンムクレのお留守番…

じゃ、遊んじゃう

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出た、ハータンのお気にいりの「キラキライカジャラシ~」

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「どこ行った…イカジャラシめ~


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「いたそりゃ~

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ちょっとお相手したら、夏用段ボールオンボロベットで、ネンネしちゃった~

ハータンが元気でいてくれるから、お出かけもできるんだもんね。感謝してるんだよ、ありがとうね~

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「そんな調子のいいこと言って~信じないよ~だ



さて~6月23日は特別な日…続きを読む~にちょっと書きました




 皆さんに、お願いがふたつ~


てんてんさんが頑張るはちねこ!さんには、チビッ子アイドルがてんこ盛り~


千尋ちゃん親子…
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食べごろでっせ~

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 私、おいしそうでしょ~



…元気なカワイコちゃんになってもらって、おうち探し~ご飯のご寄付もお願いしま~す


 チビッ子たちの詳細はてんてんさんのブログでご覧ください。 
 「はちねこ!カフェ」に飛ぶと、もっとカワイコちゃんがいますよ~

 よろしくお願いします


二つ目は、葛飾で保護猫活動を頑張っていらっしゃるシュテルンのbarnekoさんからです


これまで 猫市 よっちゃん基金 寄付のお蔭でまかなって来れましたが
よっちゃんの遺産のよっちゃん基金はあとわずかになってきておりこれからの子たちの為に

書き損じたハガキ 使わなかった年賀はがき等、御座いましたら ご寄附お願いいたします。
どうぞよろしくお願いいたします。

先月は 病院の支払いは 約13万円かかりました。
ご飯代は 寄付を頂くので助かっております。
足りない分は 買い求めますので約2万位かかっております。

 
厳しい状況のようです。どうか、皆様、ご協力いただけますようお願いします。

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6月23日は「沖縄慰霊の日」…今日はちょっと沖縄のお話を~

「沖縄戦」…日本で唯一の地上戦が行われ、多くの罪のない民間人を巻き込んだ終結の日です。


 すでに本土からは見はなされていた沖縄は、1945年4月に米軍の沖縄上陸以降、
軍の統制も効かなくなり、軍民一体となり逃げまどうしかなかったといいます。
少年少女たちも「ひめゆり部隊」「鉄血勤皇隊」として軍と行動を共にし戦いに巻き込まれていきました。

 当時の日本では、大人も子供も「お国のために死ぬこと」が美徳とされ、
「生きて不慮の辱めを受けず」と教育されていました。
だから、軍からの「自決命令」が出れば、それに疑問を持つこともなく従う覚悟だったそうです。
彼ら少年少女たちが「死ぬならみんな一緒に…」と、運命を天に預けるしかなかったと聞いたことがあります。
そして父親は、家長として子供や妻、親までをしっかりと殺害することが最後の家族への責任だったのでしょうね。

これがいわゆる「沖縄戦」です。

今日は私の好きな高校野球に絡めて、夏の風物詩ともいわれる「夏の甲子園大会」と沖縄のお話です。

戦後の沖縄は1972年まではご存知の通りアメリカに接収され、1972年5月の沖縄返還まではアメリカ統治時代です。

高校野球大会(当時は中等野球大会)は戦争を理由に1941年からいったん中断されますが、
1942年には「戦意高揚」を目的として国家主催の大会の中に野球も含まれたいきさつがあります。
「敵性語の禁止」で、アウトだ、セーフだの英語は使えず、
「玉から逃げるなどもってのほか」とデッドボールも認められなかったそうです。
1946年に再開されますが、沖縄は含まれませんでした。

1958年アメリカ統治下、記念大会の特例で首里が沖縄は初めて甲子園に出場しました。(戦前は出場経験なし)


選手はパスポート持参という状況でしたが、出場できたことへの満足感はどれほど大きかったでしょう。
福井県代表の敦賀高校と対戦するも敗戦…けれど、結果ではなかったと思います。
けれど、甲子園にやってきた選手たちを見た観客は、彼らが中学生かと思うほどに小さかったことに涙したといいます。

沖縄の選手も「甲子園の土」を持ち帰りましたが、この「土」は検疫に引っかかり、沖縄には持ち込めず海に廃棄させられました。


 そんな時代を生き抜いた栽弘義(故人)という方をご存知ですか
高校野球に詳しい方なら、ご存知でしょう~彼こそが沖縄を「高校野球大国」に導いた第一人者です。
ご自身も野球少年で、甲子園を目指しますが九州の強豪校には勝てず、選手としての夢は断たれましたが、
のちに教員として高校野球指導者となり甲子園を目指しました。

彼は、沖縄水産高校で夏の甲子園大会で、2年連続準優勝に導き、沖縄を「野球大国」に導きました。

沖縄戦を生き延びた栽さんは姉3人を沖縄戦で失い、
ご自身の背中にも「沖縄戦」当時に鎌で切られたという大きな傷が残っていました。

彼が甲子園にこだわった理由の一つに当時沖縄人差別もあった中、沖縄県民に勇気を!
「沖縄でもできる」ということを見せたいと思う気持ちだったそうです。

近代の歴史を見るだけでも「琉球王朝」は廃藩置県で失われ、「沖縄」とされ、
戦前戦中を通じ「皇民化教育」(天皇に尽くす日本臣民になるための教育)で、ことばも文化も奪われました。

戦後はアメリカ統治下におかれ、大統領選挙権も与えられず、米軍による土地の接収で、土地を奪われ、まさに植民地。
戦地からの休暇を過ごすために沖縄に戻った米兵たちの精神状態は、当然正常なものではなく、
米兵による不当な犯罪に巻き込まれ、それでも沖縄の人々はじっと耐えてきた歴史があります。
それゆえ、日本復帰への思いを強くしますが、沖縄復帰後も結局、基地はなくならず米兵の犯罪も依然として続く日々。

当時言われた「本土並み沖縄返還」は叶うことなく、
むしろ現状を見れば「沖縄並み本土」となったと言ってもいいのではないでしょうか。

安保、基地問題は本土の人間にとって実感を持って考えることも難しいことだと思います。
けれど、日本とアメリカの間で翻弄され続けてた沖縄を孤立させてはいけないと思います。

これだけ「憲法違反」であることを指摘されているというのに、
国民の声はもとより、自民党の元議員(たちが異論を唱えても、「すでに引退された方」と切り捨て、
一向に自分たちを異なる意見には耳を貸そうともせず、
9月まで国会を延長してでも、「安保法制」を通したい現政権に疑問を通り越し、怒りを感じます。

この国会延長…国会には衆議院の優越というのものがあります。
衆議院の優越とは、衆議院で一度可決すれば、参議院でたとえ否決されても
再度衆議院で2/3の再可決ができれば法律は成立するというもの。

つまり「数の力」で押し切るつもりなのですよ。民主主義において、多数決はさまざまな意見を尊重するための手法です。
にもかかわらず、多数決で「数の力」を見せつけようとする政府は、民主主義を完全に冒とくしていると言わなくてはなりません。


スポーツを戦争の道具に使い、若者たちを死に追いやったあの時代と同じ匂いがします。(ちなみに駅伝も使われてます)
若者たちに選挙権を与えるのもいいでしょう。けれど、それに伴った準備をしてきていたのでしょうか?
すべてにおいて政策の裏付けも明確にされることなく、一方的な「閣議決定」が横行していることに危険なものを感じます。

こんなところで、こんなことを幾度書いても何も変わりな試合のだろうな…
でも、今はそれしかなできない情けない私。このままではいけないとわかっているのにね。


沖縄で奪われた方々…怖かったことでしょう。悲しかったことでしょう…冥福を心から祈ります。

 沖縄では「夏の甲子園大会」の予選が始まっているようです。

 選手たちが、自分のために野球を心の底から楽しめる環境を守っていきたい…


 それが小さな命を守り、この国を愛する私の思いです。

 また長くなりました…ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました。
 



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