今日は、後半に母の書いた文章を載せておきました。よろしければお読みください

 昨日はたくさんの頂き物をご紹介させていただきましたが、実はハータンにも、お気に入りが~

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「これは、ハータンのだからね~」


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「これも気に入っちゃったわ~」

ハータンサイズの箱がよりどりみどり~で、ちょっとご機嫌でしたよ。

ハータンもさとごろうさんからの「あおねご」を見てましたよ~抱っこでDVD鑑賞中~

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「みんな若くて結構可愛い子ばっかじゃない… ハータンもウカウカしてらんないわ~



そして今日も、この一枚~ 

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 先日、母が戦争体験記を書いたことをお話ししました。何人かの方から「是非、読んでみたい」とのリクエストがあったので、
ここに公開してみようと思います。この文章を書くにあたり、母は古いノートを引っ張り出して、数ページに及ぶメモ、文章を書いていました。ただ、この応募には「字数800字」との条件があったので、ずいぶんとカットせざるを得なくなってしまったために、母としていささか無念…の思いもあったようです。その点をご承知いただき、読んでいただければと思います。

 
 終戦の時、私は17歳でした。昭和20年5月25日、我が家はB29の空襲で焼け出されました。警戒警報が鳴り、間もなく焼夷弾が雨あられのようにバラバラと降ってきました。小さな弾が一つの爆弾に入った焼夷弾は、空中分解し燃えるのでひとたまりもなく灰になってしまいます。その焼夷弾の中を母と弟と犬と共に逃げ、なんとか一命をとりとめました。空襲から一晩明け、景色は一変一面の焼け野原の中、呆然と立ち尽くすしかありませんでした。近所の人たちもみな真っ黒になって無事を喜び合いましたが、ガスはなく、壊れた水道からは無駄な水だけがチョロチョロと流れていたのを思い出します。

昭和19年夏ごろ、空襲警報が多くなってきたので、我が家の庭に防空壕を作りました。ある日、特攻訓練を終えた知人が家へ来ていた時、突然空襲警報が鳴りました。「このまま娑婆で死んではお国のためにならないから。」と、180センチの大男が、空襲解除になるまで防空壕で背中を丸めて我慢をしていました。解除後、笑いながら「助かったね。」と大きく伸びをしていた姿が脳裏に焼き付いています。たくさんの人が彼ように特訓を受け、命を捨て敵艦めがけて体当たりし守ってくれたのかと今さらながら心の中で手を合わせます。今、私たちが欲しいものを手に入れ、思ったことが何でも叶うことに日々感謝です。

当時の私は、家が焼かれても日本が負けるとは夢にも考えませんでした。日本は神国で必ず神風が吹いて勝つと小学生の頃から言われてきたからです。知人の大学生2人が特攻隊を志願して、マニラ、沖縄で戦死しました。笑顔で「日本のために行ってきます。」と振り向きながら出て行きました。本当に犬死です。戦争はどのようなことがあってもしてはいけないと考えてほしいですね。

今、戦後70年の特番を観ながら、笑顔で戦地へ向かった知人の後姿を思い出しています。それから2か月ほどたった頃、沖縄で敵艦に突入したことを知りました。


 ここまでが母の書いた文章です。笑わないでやってくださいね。

何しろもう何年も文章など書いたことのないおばあちゃんです。
 それでも、思うことを後世に残そうという気持ちだけは受け取らねば…と、思いました。

余談ながら…
 この特攻隊に志願された青年のひとりは、山形県出身の方で、母の家に下宿し大学に通っていた方だそうです。母の文章に出てくる180センチの大男が、その方です。彼は出撃を前に休暇をもらったらしく、母の家にやってきて、祖母に「飛行機乗りがする襟巻が欲しいんだ」と言ったそうです。祖母はすでに着物はほとんど食べ物に変えてしまっていたけれど、残っていた襦袢で襟巻を作って渡したそうです。 そして、別れの時に「ぼくが死んだら、ここに知らせに来るからね」と微笑んで言ったそうです。
 ある日のこと、夕飯を食べていた母と弟そして祖母が階段から降りてくる足音を聞いた気がして振り返った…けれど、そこには誰もいなかったということがあったそうです。 母たち3人は「あ…○○さんが、帰ってきたんだね」と弟が言ったと母が話してくれました。
 死にたい人など誰もいるはずがない、けれど生きることすら認めない時代があったですよね。
だれが望んだ戦争だったのか、そして誰が指示をし、だれが命をかけさせられたのか。
 武力をもって相手を制圧しようとする時、さらなる武力を必要とします。軍拡の方向に向かうしかなく、そこには多くの人の命が奪われることになります。この青年も自分の生涯をどれほど生きたいと思っていただろうか。

 いくら考えても、理不尽な話であり到底私には理解ができないのですが、母は、それが当時の「教育の影響力」なのだと言い、「戦争に行きたくないといえば、自分はもちろん家族も国家から弾圧を受けるんだ」という伯父のことばを忘れてはいけないと思っています。全体主義の恐ろしさはここにあるのでしょうね。

 


さてさて、はちねこ!情報ですが


まずはうれしいニュースから~

キジ白のソルト君、赤トラ白のジャノメ君、FIV陰転~よかったね。
FIVだって、問題ないんだけどやっぱりおうち探しが難航することが多いのが現実みたいですからね。
可愛い子たちでしょ~よろしくお願いします。

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新入りはちねこ!カフェ入園予定のカワイコちゃんたち~美人母も一緒だよ~

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はちねこ!さんでは、相変わらずカワイコちゃんがおうち探し~今、緊急事態でワンコも仲間入りしててんてこ舞いです。

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 イタグレの坊や

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 12歳の柴犬のおっちゃん…ハータンと同じ年だわ~

まだまだおうち探しをしている子たちがいますよ~詳細はてんてんさんのブログ→はちねこ!カフェをご覧くださいね。


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